陶と毛利の厳島合戦
愈々厳島合戦奇襲の山越えを追体験します。

本日の研修の最重要課題、毛利軍奇襲山越え。Rockyさんと私きえもん二人で挑みます。

奇襲山越え2。太華山登山道と植生が似ています。

奇襲山越え3。徳山万葉の森の尾根に上がった所と似ています。

狸の巣作りか?未確認。

狸の巣作りか?未確認2。

博奕尾
風雨こそ治ったとはいえ、深い暗闇の中を二千余の毛利軍は、険しい山道をよじ登り包ケ浦からやっとこの尾根に辿り着いた。

博奕尾2
元就は傍の兵にこの地の名を尋ねて、博奕尾と聞くと「昔、源義経は勝浦に上陸して平家に勝った。今、吾等はこの博奕尾に登った。博奕も打つもの、この戦は最早打ち勝った」と又も駄洒落を謂って将兵を奮い立たせた。

厳島合戦要図2
一方、陶晴賢は奇襲を夢にも知らず、本陣を五重塔の聳える塔の岡に敷き、二万の精鋭を各所に配置し、右前方の宮尾城(要害山)に相対すると共に、毛利軍の上陸を待ち構えていた。こうして弘治元年十月一日未明、日本三大奇襲の一つと謂われる、厳島合戦の幕が切って落とされた。

いざ、かかれえ。道は右じゃろうね。

久米インターでバスを降りました。

太華橋から太華山を望む。

無事帰宅。黒いビルは松本ハウスです。
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