2002.12.14asa竹田
西郷隆盛の直筆とみられる書が、大分県竹田市の商家で見つかった。鹿児島市の郷土史家、山田尚二・西郷南州顕彰館長は「落款や筆跡から間違いない」としている。征韓論に敗れ、苦境にあった西郷の心境の一端をのぞかせているという。 「推倒一世之知勇/開拓萬古之心胸」(一世の知勇を推倒し万古の心胸を開拓す)とあり、この世の知勇を傾け尽くし、長い間の胸の内をひらくという意味の七言詩。「南州書」の署名と「南州」などの落款がある。 この書は11月、竹田市古町の陶器店主、内藤昭治さん(67)が店の古文書類の中から見つけた。入手経路は不明という。 山田館長によると、書は南宋の詩人・陳亮の詩。西郷は1873(明治6)年に征韓論がいれられず鹿児島に戻った後、同文の書を宿舎に掛けていたという。その様子を撮影した写真が残されており、山田館長は「苦境にある西郷の心をとらえたのでは」と話す。 現在、鹿児島市の南州神社に同文の直筆が一幅残っている。竹田の書について、山田館長は「西郷が訪れた記録がない竹田にあったことも興味深い」としている。 ただ、幕末期に西郷が竹田に立ち寄った形跡もある。岡藩(竹田)の重臣だった小河一敏の子孫、小川一博さん(72)は祖父から「西郷が『菊池信吾』の偽名で何度か来訪した。勤王派の小河一敏と情報交換していた」と聞かされたという。西郷の手土産と伝えられる薩摩焼の水指が現存している。 |