時も時、折も折、にわかに沖の方から猛風吹き起こり、小船は木の葉の舞うがごとく、今浮き上がったばかりのエリザ号も、危うく横ざまに再び沈没しそうになる、多数の船夫はもちろん必死の働き、海陸の来観者も手に汗を握っている。 この時までも最漁丸の船首で祈っていた喜右衛門は、吹き来る猛風に向かい三拝九拝して躍り上がり、爆然一発、合図の狼煙を打ち上げた。 この合図を聞くや否や、エリザ号先導の大船2艘は白帆を張り、これに継いでエリザ号の周囲にあった75艘の網船も一斉に白帆を張り、同時に支柱へ結び付けてあった大綱を断った。
いかに人智を尽くし神助を得たる計画であるとはいえ、極めて迅速に、極めて完全に、浮き上げから引き付けまでを、眼前に実見させられて、来観者は酔えるがごとく、殊に77張の白帆が、エリザ号を率いて馳せ出した時の光景は、群れ飛ぶ白鴎が大鯨を囲んで翔るがごとく海にも陸にも拍手喝采の声響き渡り、奇観壮観を極め、美感快感に打たれたのである。 |