2003年3月12日 the daily sinsyunan
●徳山●
香焼町役場を訪れた訪問団
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徳山市櫛ケ浜のまちおこしグループ、華雲塾(青木義雄塾長)の訪問団(浜田心仁団長、7人)が2月21、22両日、長崎県の香焼町役場を訪れた。同町は藩制時代、櫛ケ浜出身の村井喜右衛門が長崎湾口で沈んだオランダ船を引き揚げた当時、根拠地にしていた地。訪問団は喜右衛門の紙芝居などを同町に贈って大歓迎を受けた。
オランダ船は寛政10年(1798)に沈没し、だれも困難な引き揚げ作業を引き受けようという者がいなかったが、喜右衛門は私財を投じ、工法に工夫をこらして見事に引き揚げを成功させ、その名前はヨーロッパにまで知られた。
昨年は徳山市中央図書館で村井喜右衛門展が開かれ、同地区の八千代座歌舞伎でもこの快挙を歌舞伎にして敬老会などで上演した。
エリザ号座礁現場近くの高鉾島
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喜右衛門の紙芝居など贈る
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大歓迎受け、今後も交流へ
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華雲塾の紙芝居は喜右衛門の子孫、村井周作さんが絵を描き、妻の緑さんが文を書いた。今回の訪問ではこのほか浜田さんが撮影して喜右衛門展にも出品した櫛ケ浜や香焼町内の写真、喜右衛門の資料も届け、役場では徳永繁富町長ら町幹部の出迎えを受けた。
また小型客船をチャーターしてオランダ船の沈没現場の高鉾島周辺を見学したり、喜右衛門ゆかりの同町内の円福寺やオランダ船修復のために杉の木を切り出したという長崎市の皓台寺を訪れた。同町は現在、長崎市と合併する動きもあるが、浜田さんらは「今回の訪問で香焼町と太いパイプができた。将来、香焼町が長崎市と合併しても交流を進めていきたい」と意欲を見せている。
村井喜右衛門